普通の人であることの計り知れないメリット

私は無視されることに自分の人生を費やした。
それで、いつもとても幸福だった。
無視されることは偉大な特権である。
〜ソール・ライター〜

 

「ひとかどの人物になりたい」みたいな苦しい自己顕示欲は、以前から比べればだいぶ削げ落ちたように感じる。

それでも世間にはびこる恐ろしいものから自分を守りたいのか、はたまた自分というアイデンティティーの崩壊が怖いのか、「壁」はまだそこにあって、しばしば私を窮屈にしたり退屈させたりする。

本当の自分を生きるのに「好き嫌い」という感覚はたしかに大切で、その人ならではの拘りは個性として映えるのだろうけど、すっと同じところに居ればやはり退屈だし、魂側?(本質側とでも言えばいいのかな)からしても窮屈だろうと思う。

自分とは違った感性で世界の美しさを捉え、表現する人がいる。

「ニューヨークが生んだ伝説 写真家 ソール・ライター展」の特集ページ

たとえば「丁寧である」とか「繊細である」ということは、ホントのホントは、どういうことなんだろう?

私が感じる「丁寧・繊細」と彼(ソール・ライター)が感じる「丁寧・繊細」は、どうも同じじゃない。

 

私はかまえることなく世界をただ見つめただけだ。
〜ソール・ライター〜

 

彼は、あたかも水彩画を描くように私の美意識の輪郭をぼかして、やさしく押し広げてくれた。

作品をひとつ見て、そんな感覚を味わう。

またひとつ見ては味わう。

新鮮で、おもしろくて、心地よい、至福の時間だった。

そう、波動調整と一緒だ。

時間と空間を超えて、私はソール・ライターと波動調整したのだ(笑。

 

とにかく多すぎる。
〜ソール・ライター〜

 

現代はたくさんのもので溢れ返っている。

だから私たちは、損得や効率や予防というフィルターをかけて、たくさんのものを切り捨ててしまう。

頑張って自分以外の何者かに成ろうとすることを止め、日常の営みと真摯に向き合ったとき、すばらしい宝物が手に入るのかもしれない。

 

私が写真を撮るのは自宅の周辺だ。
神秘的なことは馴染み深い場所で起きると思っている。
なにも、世界の裏側まで行く必要はないんだ。
〜ソール・ライター〜

 

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